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114 あの部屋

Author: 栗栖蛍
last update Last Updated: 2025-09-06 08:11:10

 祝日の部活はやっぱり晴れていた。

 ハードルを三往復こなし、疲れ果てた身体で木登りをしたところで、広場に珍しい人物が現れる。

「ルーシャ?」

 芙美は木から慎重に下りて、背の高さほどの位置から地面へジャンプした。短期間でここまでこれたのは、リーナが身につけていた潜在的な感覚のお陰だと思う。リーナのできていたことが少しずつできるようになっていくのは、楽しくて仕方がない。

 予告なしに坂を上って来る絢は、この部活動の『副顧問』だと昨日中條に言われた。

 けれどその肩書にも、山の風景にも似つかわしくない黒のチャイナドレス姿の彼女は、映画に出てくるマフィアの女のようだ。その場違いな風貌に、四人は不信感を募らせる。

「何だよ、あれは」

 深く入ったスリットから覗く生足を睨みつけて、咲が皆の気持ちを代弁するように呟いた。

 智は強調された胸に視線を置きながら、今更ながらに、

「ルーシャの胸って、あんなに大きくなかったよね」

 と、触れてはならない事を普通のトーンで話してくる。

 芙美が慌てて「駄目だよ」と注意するが、今度は咲が面白がって悪戯な笑みを浮かべた。

「あれは魔法が起こした奇跡みたいなものだからな。飼い主が巨乳の猫好きなんじゃないか?」

「えっ、猫?」

 彼女が何を言っているのか、芙美には分からない。

 けれどその説明を聞く前に、絢がすぐそこまで来て足を止めた。キッと睨んだ視線に、四人は口をつぐむ。

「私の悪口でも言ってたのかしら? ちょっと話があるから私語は慎みなさい」

 絢は巨大な胸元に縫いつけられた赤いバラの刺繍を撫でて、腕にぶら下げた紙袋からプリントを取り出して四人へ配った。

「合宿……ですか?」

 『冬合宿のお知らせ』という意外な表題に芙美が尋ねると、湊が「あぁ」と納得したように呟いて、横から日付の欄を指差して来た。

 11月30日──ハロン襲来予定日の前日で、期間は12月3日までの3泊4日だ。

「これが、部活を始めたもう一つの理由みたいよ。12月1日は、うちの学校創立記念日で休みでしょ? ついでに翌日も連休にしてあるから、心置きなくハロンと戦えるって事よ」

 戦う為、数日家を空ける為の口実だ。有難いと思うのと同時に、いよいよだという緊張が走る。

「まぁこの間出た黒い奴みたいに日付がズレたら困るんだけど、それは祈るしかないわね。あとはその四日でケリをつける
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  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   114 あの部屋

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    『運動する部』の発足から十日ほど過ぎて、カレンダーが十一月に入った。 山がすっかり秋色に染まり、コートを着るか迷う程寒い日も多い。 ハロン戦までちょうど一月、部活のルーティンにはハードル以外に木登りや崖下りも加わった。坂道に置かれたハードルが、毎日一台ずつ増えているのに気付いたのは昨日だ。いつも少しずつ位置がずれていると言い出した湊の言葉に三人はピンとこなかったが、何気なく尋ねたら、中條が「気付かなかったんですか」とその事実をあっさり認めたのだ。 これがあと残りの日数で三十台近く増えるのだと思うと、疲れがどっと増してくる。更に慣れと共に跳び方が雑になって、芙美の膝が見るに堪えない程傷だらけになっていた。「また血が出てる。そんなに怪我ばっかりしてると、痕残っちゃうわよ」 保健室で一華が、消毒液をひたひたにしみ込ませた脱脂綿を芙美の膝へ押し当てる。毎度のことながら、その瞬間の彼女は嬉しそうな顔をしていた。「いったぁぁあい」 悲鳴に近い声を上げて、芙美はスカートを両手で握りしめる。 両膝に滲む血の痕を見た湊に「行かなきゃ駄目だよ」とここに連行されたのは先週のことだ。そこから土日を挟んで毎日保健室に通っている。治りきらない傷のまま転ぶという悪循環のせいで、関係のないクラスメイトにまで心配される始末だ。 保健室には一華が昼食後に飲んだ甘いコーヒーの香りが漂っていた。そこにツンとした消毒液の匂いが混じる。「部活大変そうだけど、どう? 運動する部だっけ? 毎日頑張ってるわね」「そうなんだよ……って、痛いよメラーレ」「これくらい我慢しなさい」 何度も脱脂綿をあててくるメラーレに、芙美は身体をくねらせて悶えた。「それでね、ひたすら動いてるから電車に乗ると起きていられなくて」 最初あんなにドキドキしていた湊の肩枕も、日常的なものになってしまった。駅で起こしてくれる彼に甘えて、至福のお昼寝タイムを堪能している。 けれど、始めて十日ほどで部活の効果はちゃんと出ていた。体力増加の相乗効果で、魔力が日増しに強くなっている。記憶を戻したばかりの頃に集中できなかったのは、智に言われた通り、まだ魔力が弱かったかららしい。今は幾らでも目を閉じていられる。「部長は誰なの?」「咲ちゃんだよ。毎日張り切ってる」 「楽しそうね」と微笑みなが

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     朝、湊に一本早い電車で先に行くとメールした。 すぐに「分かった」と返事をくれた彼が、何故か同じ車両に乗っている。「えっ……どうして?」「先生に謝りに行くんだろ? 一人で行かせないよ、俺も同罪だ」 部活途中で帰ったことを気にするなとは言われたけれど、中條との約束を破った罪悪感が抜けず、芙美は昨日あまり眠ることができなかった。 ホームルームの前に会いに行くには電車を一本早めるしかなく、いつもより一時間前に家を出た。そして蓮に心配された挙句、咲にもバレてしまったのは当然の結果だ。「僕に黙ってるなんて許さないからな」 咲が更に智へ連絡を入れて、結局駅にいつもの四人が揃った。「けど、咲ちゃんと智くんはちゃんと部活やったんだし、先生のとこには行かなくていいんじゃない?」 四対一のシチュエーションを考えて、それは中條に対して申し訳ない気がしてしまう。「そんなの気にするなよ。アイツの考えるペナルティは、芙美が考える様なのとは違うんだぞ? 地獄なんだ。僕が文句言ってやる」 過去の記憶を主張した咲が、ザワリと込み上げた衝動に両腕を抱える。 そういえばリーナの頃、ヒルスからよく兵学校での『ペナルティ』の話を聞かされていた。 磔にされたり、山に捨てられたりと恐怖体験を語っていたのを思い出して、芙美は少し不安になる。「けど帰っちゃったのは事実だし、頑張るよ」 智が「大丈夫だよ」と手をひらひらと振って見せた。「いくら教官だって、リーナ相手にそんなことさせないだろ。ヒルス、俺たちは遠くで見てようぜ」「えぇ?」 渋る咲に、芙美は「ごめん」と手を合わせる。 学校へ向かう生徒の流れはまだ少なく、校門にはまだいつもの面々はいなかった。とはいえ几帳面な中條なら既に登校しているだろうと思ったが、彼は後ろからやって来る。「おはようございます」 突然の声に、緊張を走らせる。 不意打ちだった。まだ心の準備ができていない。 彼はすぐそこにいたのに、気付くことができなかった。 けれど、四人が驚いたのはそれだけじゃない。そろりと振り返る先に居た中條の様子が明らかにおかしい。「せ……先生?」 普段は整った自慢のおかっぱ髪が、今日に限って乱れていた。いつになく緩んだネクタイのせいでシャツの首元が露わになって、大きな絆創膏が覗いている。 よく見ると、前髪

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  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   110 隣の部屋

     冷たい雨の感触に震えながら、芙美は湊の肩に額を押し付ける。「どうして、こうなっちゃうかなぁ」 前に進もうとする意志を阻むように、身体が雨を拒絶した。 湊が芙美の背に手を伸ばし、「無理しなくていいよ」と抱きしめる。「戻ろう」 彼の言葉は心地良いけれど、芙美は首を横に振った。「駄目だよ。まだ二日目だよ?」「そんなの関係ない」「だって、宰相と約束したの」 ──『雨の日も休まないで下さいね』 昨日の今日で根を上げるのは嫌だった。 ゴールまではあと少しだと思うのに、湊の肩から顔を起こした途端に足が竦んで、再び彼の肩を求める。一度起きた不安への衝動はなかなか抜けてはくれなかった。 湊は芙美の手に自分の掌を重ねる。「約束を破って向こうがどうのって言うなら、ペナルティを受ければいいよ。走り込みでも腕立て伏せでも、俺も一緒にやるから。だから今日は帰ろう」「けど……」「無理なら言ってって言っただろ? 芙美はさっき駄目だって言ってた。それが本心じゃないのか?」「…………」 黙ったまま俯く芙美と手を繋いで、湊は坂の下へと歩き出した。 ハードルの横を歩く罪悪感を感じながら、芙美は手を引かれるまま彼についていく。「ごめんね、湊くん」「迷惑掛けられてるなんて思ってないよ」「……ありがとう」「どういたしまして」 先を行く彼の顔は見えなかったけれど、声のトーンで小さく微笑んだのが分かって、芙美は彼の手を強く握りしめた。   ☆ 坂を下りて荷物と一緒に置いておいた傘をさすと、湊が智に電話を入れた。 今日はもう帰るという事と、中條への伝言だ。特に理由は付けず、『早退します』という一言だけだったが、それだけで十分だろう。「二人も心配してたよ」 湊はそう言って、今度は田中商店へ行くと言った。「こんな格好じゃ帰れないからね」 ズブ濡れのまま歩いて店の扉を開けると、フリフリエプロン姿の絢が音にならない奇声を上げた。持っていたトレイをテーブルへ乱暴に放し、血相を変えて詰め寄ってくる。「ちょっと、そんな格好で入らないでちょうだい!」 勢いのまま二人は店の外へ押し出される。 湊が「すみません」と謝ると、絢が芙美の様子に気付いて家の玄関へと促した。「こっちは駄目よ。私に掃除させるつもり?」 中から玄関に回った絢は濡れた二人を玄関に招き入れ、大判の

  • いもおい~日本に異世界転生した最愛の妹を追い掛けて、お兄ちゃんは妹の親友(女)になる!?   109 あの日と同じ雨

     朝テレビで見た予報では、雨は夜まで降らないはずだった。 夕方まで曇りだと聞いてホッとしていたのに、まだ昼の空を暗い雨雲が覆っている。スマホで天気を確認すると予報はすっかり変わっていて、夜中まで絶望的な雨模様だった。「芙美」 廊下の奥に足音が響いて、湊が姿を現す。彼は窓の外の雨に気付いて、芙美に駆け寄った。「大丈夫?」「うん。今は平気」「なら良かった。クラスの奴に、芙美が鈴木と出て行ったって聞いたから。何かあった?」「ううん、大したことじゃないよ」 昨日の鈴木が実は二重の失恋だったとは言い出せず、芙美は話題を変えるように雨空を見上げる。「雨、降ってきちゃったね」「今日は部活やめとく?」「そういう訳にはいかないよ。私にとっては体力不足も雨も克服しなきゃならないんだから」 憂鬱な雨音も、冷たい感触も、耐えられないわけではないのだ。「そう? 先生はあぁ言ったけど、俺はこんなことしても逆効果なんじゃないかって思うよ。だから、無理だと思ったらいつでも言って」「うん、ありがとう湊くん」 彼の言葉に根拠のない自信が沸いて、芙美は精一杯の笑顔を取り繕う。「そういえば、あの部活って何部なんだろう?」 ふと浮かんだ疑問を口にすると、湊は「え?」と首を傾げ、疑問符を顔に並べた。「運動……する部?」 彼の口から咄嗟に出たその名前が採用されるなんて、芙美は思ってもみなかった。 雨を嫌だと思ったのは、芙美として今の身体に生まれ変わってからだ。 覚えのない前世の記憶に翻弄されて、芙美はただ雨に恐怖した。『怖いよぉ』とうずくまる小さな芙美の手を握ってくれたのは、ヒルスではなく蓮だ。 『また泣いてる』 面倒な顔をしながらも、彼はそれを放り出すことはなかった。 『兄さま……じゃなくて。お兄ちゃん、ありがとう』 記憶はなかった筈なのに、一度蓮をそう呼んでしまったことがあるのを最近になって思い出した。 なんだかんだ言って優しい蓮を、本能がヒルスと勘違いしてしまったようだ。 けれどその事を小さな芙美が気付くことはできなかった。 両親よりもどうして兄を求めていたのかは自分でもよく分からない。そんなにリーナはヒルスが好きだったのだろうか。   ☆「私、頑張ってみるよ。みんなとならできそうな気がするから」 雨の放課後、心配する三人の前でそう言ったのは

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